日本刀と同じ鍛冶の技術を活かした堺打刃物は、鮮やかな切れ味が評価され、料理人や職人をはじめとしたプロの実に90%が利用していると言われています。また最近では、お料理にこだわりを持っているご家庭でもご利用頂く事も多くなっております。

そんな、堺打刃物の歴史をまとめました。

堺打刃物のプロからの評価

 

和包丁の名産地は大阪府堺市と言われています。和包丁は、堺市を拠点に発達を重ね、その製品は高い評価を得てきました。今も堺打刃物は職人が一本一本手作りで作っています。鍛冶、刃付けの手法をそれぞれのプロが完全な分業体制によって担当しており、その素晴らしい切れ味からも冒頭に紹介したように、多くのプロの料理人の間で絶大な信頼と支持を得ています。

堺がどうして鍛冶屋の街になったのか

 

その和包丁の起源をたどると、堺の街で最も有名な仁徳天皇陵へたどりつきます。

仁徳天皇陵は、外国との戦争が終わり帰還した兵士の失業対策や治水対策などを理由に、西暦三七九年に堺の街にて工事が始まりました。

その際、この人々が使用する、鍬・鋤などを作る為に、全国から鍛冶屋を呼び集め、

その子孫がそのまま堺に残りたのが鍛冶屋の街の始まりと考えられています。

 

その後中世となり、異国文化の一つとして「たばこ」が入ってきました。たばこは当初は薬として売られていたようでそれはそれは大変な人気だったようです。

それにより、一気にたばこを切る包丁の需要が高まり、切れ味の良い堺の包丁が良く売れたそうです。

それに目を付けた、堺奉行の池田筑後正倫が包丁職人を七町に集めそこで作られた包丁のみ「堺匠」として正式に認可しました。ちなみに七町とは、北旅籠町、桜之町、綾之町、錦之町、柳之町、九間町、神明町で、左記以外の場所でつくると、罰則までありました。

江戸の時代になり、幕府がたばこ包丁を専売特許とし、堺で買い占めた包丁を、諸国の大名に高く売って財源にしたともいわれます。与謝野晶子の歌にも七町の歌があり「住之江や 堺の街の 七まちの 鍛冶の音聞く 菜の花の路」それだけ七町は有名だったようです。

和田商店は七町の一つ「神明町」に御座います。戦時の大空襲で全て焼き払われ当時の面影は残しておりませんが、一度も場所は変わらずに営業しております。

最後に和田商店が堺で五代も続いたのは

 

当店のような卸の店が五代も続いてきたのは、理由を考えてみたのですが中々、答えが出ませんでした。

そんな中、当店よりも長く六代も続けている和泉利器当主が文献で述べておられるのがもっともではないかと感じました。

 

「長く続いている理由は、日米戦争が大きくかかわっています。戦争がおこるまでは、私のところよりも、もっと長く続いているところが、二、三軒はありました。

そんな古い家には番頭さんも沢山いたがみんな戦争にとられてしまいました。

それまでは優秀な番頭さんに仕事を任せていましたが、結局親方一人が残り、どうしようもなくなり、また他のところもやめてしまったからです。

取立てて先祖から受け継いできた家訓などというものはないと思います。

四十になって赤紙がきて海軍に行きましたがすぐ終戦になり戻ってきました。全ては運が良かっただけかもしれません。」

 

創業以来約百五十年この堺の街で堺打刃物とともに続いてこれたのは、まずはご愛用頂いているお客様、そして堺の職人、仕入先、お取引先様に支えられての事と思います。

 

これからもより良い道具を皆様にお届けできればと考えております。

今後ともご愛顧、ご愛用をお願い致します。

現在の堺刃物の現状

 

一時期に比べ堺の包丁の生産量は落ち込んでいます。決して堺の技術が悪くて落ち込んだわけではありません。逆に色々な技術が進歩したのが大きな理由です。

 

例えば、マグロ漁船などの遠洋漁業です。

遠洋漁業に出かけるときには、みんな堺の刃物を積み込んで出かけたそうです。

なぜなら当時の船は冷凍保存の技術が未発達であったため、マグロ一つにしても細切れにしなければ持ち帰る事が出来なかったからです。

堺打刃物の真髄

 

そんな中、伸びているのが料亭やレストランなどの本格料理用の包丁需要です。

「刺身の角が立つ」という言葉がある通り、本当に切れ味の良い包丁で刺身を切ると、細胞を潰すことなく切れる為、口に入れた時の舌触り、香りなどが格段に良くなります。

 

今でも料理教室などで勧める包丁は堺の和包丁だそうです。道具一つで料理が変わる。そんな事を知っている人の中で、堺の包丁は受け継いで頂いているのです。

 

最近では日本の職人に限らず海外からの料理人お客様も多くなっております。また、最近の日本文化を見直す動きもあり、一般の個人のお客様も以前に比べ増えてきております。

道具としての包丁

 

ミシュラン三ツ星のシェフが作る料理も、ほっとするお母さんのつくる料理も、全て包丁という「道具」から作られます。

近年は使い捨て全盛期で、100円の包丁もあるほどです。しかし、実際には鉄板を型抜きして刃先を削った物です。鍛造の工程も挟まない物ですから少しすると切れ味も極端に落ちる鈍包丁です。

 

そもそも包丁だけでなく刃物は、研ぐ事により刃先を鋭利にして刃物に仕上げます。

原点に戻れば、本来刃物は研ぎ直すというお手入れが必要なものなのです。

 

是非、今お使いの包丁も定期的にお手入れ(研ぎ直し)し末永く使ってもらえばと思います。

もし、機会があれば堺打刃物も是非一度手に取り試しに切てみて下さい。堺打刃物は料理人以外が使ってはいけない物ではありません。個人の多くのお客様が堺打刃物を利用して、料理が楽しくなったとおっしゃっておられます。

現在では、船中でマグロをそのまま冷凍保存する設備が発達したため、包丁で細切れにする必要がなくなりました。マグロ切りや小魚を切る為の、六寸、七寸くらいの出刃包丁が、船に積み込まれなくなったのです。当時、一隻の船に百丁以上の包丁が持ち込まれていたといわれています。

 

現在では、持ち帰った後は、電動ノコで切られるようになりました。

このような冷凍技術の進歩一つをとっても、刃物の需要の激減の原因です。

その他にも裁断機など、あらゆるところで使う刃物が機械化されて工業用刃物にとって代わっていったのです。